読書の日記

読書の備忘録です。いろんな本を読みます。ぼちぼちやるので見ていってください。

77.プラージュ 誉田哲也

77.プラージュ 誉田哲也

 

なんかの本に挟まってた新刊情報をみてたら、武士道シリーズの著者でなにやら面白そうなあらすじだったため、購入。

 

本作は社会のマイノリティに対するイメージについての話が根幹にあったと思う。

前科者たちの拠り所のシェアハウスである「プラージュ」に、運悪く(と言っても犯罪は犯罪であるが)1度目の覚せい剤使用で捕まった主人公が入居する。

そのシェアハウスのなかには殺人を犯したものも、いた。

主人公の罪は誰かに迷惑をかけたものではなく、またどこにでもいそうな(これもまたイメージではあるが)人物であるので、殺人を犯したことのある人の話を聞き、驚き、恐怖する。

これは、当たり前の反応だと思う。私もまだ前科者と会ったことはないが、もしそんな罪を告白されたら手に負えないほどの気性の持ち主であるとか、色メガネで見てしまう。これは罪に限った話ではない。初めて仕事で出会った人がだらしのない格好であればだらしのない人なのか、と印象付けられ相当長い年月を積まなければ、もしくは次に会うときに真逆の印象を与えなければ、だらしない人というレッテルは剥がせないだろう。

つまり人は瞬間を切り取り、イメージをしたうえでその人を見ている。殺人を犯した、となれば自分の中の殺人者像をその人にそのまま当て込む。

こと本著の日本においてはそれが社会全体でなされていると書かれている。

前科者の社会復帰はむずかしく、許しがたいとされる。特に今、匿名でなにかを叫ぶことは容易にできるため、誰もが批判者になれる。真に正義感ややるせない気持ちから誰かを、何かを批判している人は少ないように思う。

 

誰もかれもが違う1人の人である中で、1人ひとりをしっかり自分の目で判断するということをしないで、イメージという簡略化されたもので見ていないだろうか、と考えさせられる話だった。

 

プラージュは境の曖昧な波際をさすと本著にあり、現実と本著は曖昧ではあるが繋がっている、もしかしたらあるかもしれない世界なのかもしれない。

 

また内容も非常に面白く、「人」がしっかりと描かれる作風の誉田哲也さんはお気に入りです。

 

76.アイネクライネナハトムジーク 伊坂幸太郎

76.アイネクライネナハトムジーク 伊坂幸太郎

 

読書が滞っていたので、新作のAXを買おうかな〜と思っていたところに文庫版のアイネクライネナハトムジークを発見。購入を決めてそのままカフェでほとんど読んでしまった。

 

短編集だったが、一編一編楽しい気持ちで読める。会話だけで、気の利いた一言だけで楽しい気持ちにすることができるのは私の読んだ本の中では群を抜いて伊坂幸太郎がすごい。

斉藤和義さんの楽曲とのコラボだったらしく、作中で出る歌詞のフレーズを探してみたいなと思えるくらい、伊坂作品の中に溶けている。

 

伊坂作品をネットのレビューとかで見ると、結構相関図が多い。伏線や、短編集の中の人たちが繋がることの多い作品だからか、とてもよく見る。もちろん、きっちりかっちりこことあれが繋がってる、ここのシーンはあのシーンと繋がってるのかとかわかったほうがいい。けれど伊坂作品はやんわり、あ、繋がってたな、とか本を読み終えてぼーっとしてる時にあー、あれそういうことか、となるだけで十分に満ち足りる。きっちりかっちりもいいかもしれないが、少々野暮な気もする。そんな肩肘張りながら、見ないでよ。みたいな。大事な部分を見逃してしまうかもしれない。読み進めている時も同様に、ひとつひとつリセットするくらいの気持ちで読んでみても十二分に楽しめる作品であると保証できる。

 

多くの人は自分の人生に劇的で、より刺激を求めていると思う。また、ある刺激的な状態が一定以上維持されるとさらなる刺激を求めてしまうと思う。「足るを知る」を実践、身体に精神に浸透させている人はほとんどいないと思う。

 

少し話が逸れたが、本書は人の営みの中の小さな偶然の集合体を見せてくれる。全編通して人と人は繋がり、どこかで繋がり、その中で幸せに生きているんだ、という姿を見せてくれる。

 

私は、例えば、自分の夢を志すきっかけはなんだっただろうかと考える。それは一言では確実に表せない。なぜなら小さなきっかけが連なって、夢ができたからだった。もちろん、ある医者に救われた、だから自分は医者になりたい、と夢を志し、医者になった人もいるだろう。しかしその人もまた、医者を目指すうえで、医者という職業になるのがどれほど困難であるかを知り、挫折に近い経験の中、でも医者になりたいと願い行動に移した結果、なれたわけだろう。大きなきっかけを小さなきっかけがつなぎ合わさって今になる。

 

人生は必ずしも劇的ではないが、とても小さなきっかけや繋がりが人を幸せにしていることを斉藤和義の歌の一部とともに教えてくれる本でした。

 

75.火星に住むつもりかい? 伊坂幸太郎

75.火星に住むつもりかい? 伊坂幸太郎

 

比較的新しめの伊坂作品。系統は魔王とか、モダンタイムス、キャプテンサンダーボルト、ゴールデンスランバー系。

強大な人や権力と対立し、対決する系のもの。内容はとても面白かった。序盤は平和警察による権力の行使を淡々と見せる。

 

そこからヒーローが現れるが、物語の終盤までヒーローの描写はなしに進む。

ヒーローをヒーローたらしめるものはなにか、正義を振りかざすことや善いことをすることと考えるのが一般的である。しかし、3章(物語の3分の2ほど進んで)ヒーローの心のうちが暴かれる。善いこと、をする範囲はどこまでなら偽善ではないのか。二世代に渡り善行を働いてきたと思ったらしっぺ返しをくらった親、祖父をみたヒーローは葛藤する。世間の叫ぶ声は個人としてではなく集団となったとき巨大な狂気となる、とは伊坂作品では比較的どこでも言われ、喜劇王チャップリンも同じようなことを述べている。世間と自分の守れる範囲を守りたいヒーローの心境を見るとともに善い行いとは何を指すのかを考えた。私は堅苦しい、ここからここまでは守る、などではなく自分の思った時に、自分の手の届く範囲で守れるもの、やってあげられることをしたいと思った。たしかに公衆の面前では羞恥や不安が過ぎり、行動に移せないこともある。しかし、それはそれでいいいいのではないかと思う。

 

また、今作のヒーローがヒーローになったのは自身の環境が劇的に変わり、考えたくないことを考えないため、平和警察への不満を晴らすために行動を起こし、短絡的に行動する。自身の行動に大義名分をつけ、正当化する。危うい思想であると本文でも載っている。テロリストと同じ思考である、と。この部分の葛藤が述べられなければ読者からすれば正義の味方であることは間違いなく、また助けられた側も彼を正義の味方と呼ぶだろう。本の中の世間からすればテロリストのような印象になる。ただ内情は半ばやけっぱちになった短絡的に行動をする、男がである。ものごとは決して、一面のみで語れない。こいつが、ヒーローでいいの?とただの活劇ヒーロー物にするではなく、読者に若干の考えるの余地を与えてくれるのが、伊坂作品の好きなところでもある。

 

もう一つ、本作において語らずには避けられないストーリーがある。平和警察の内部である。一概に平和警察といっても一枚岩ではなく、内側から擬態をし、能ある鷹が爪を隠すがごとく、権威者を失脚させる。外側からも擬態を施し、失脚へのストーリーを歩ませる。権力者には媚び諂い、部下には大仰な振る舞いをする、典型的な嫌われる上司とかたや切れ者の捜査官は己を擬態させ組織の内部から改革を促すための作戦を練った。

 

2つの正義?により、後味はすっきりする話である。キャプテンサンダーボルトのように作品中の正義の味方たちのハッピーエンドのわかる形で終わる作品はいいなあと思う。

 

 

あとアイネクライネナハトムジークと、実験4号と、最新作のAX(グラスホッパー、マリアビートルに続く、殺し屋小説らしい)を早く読みたい。

73.武士道エイティーン 誉田哲也 74.空が青いから白をえらんだのです 寮美千子・編

73.武士道エイティーン 誉田哲也

武士道シリーズ最終章。香織と早苗の集大成。ストーリーは香織と早苗の勝負、香織とれなの対決を残すのみだったので、内容としては薄かったのかなという印象。武士道エイティーンは一回投稿したのに、文字が反映されておらず。無念。彼女らの納得できる結果や内容で終わってよかった。長編青春小説を読んだのは初めてだったが、最後まで楽しく読めた。

 

74.空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集 寮美千子・編

 

何かのタイミングで、短いながら思ったことをそのまま伝える「詩」という形態に興味を持った。また自身の夢にも関わるものだったので、見つけた瞬間に買った。

 

犯罪に手を染め、凶悪で粗暴だと思っていた。編者も最初はそう思ったと述べているため、イメージとしてあるものはほとんど共通であるだろうと思う。犯罪を犯すにも理由がある。子どもの頃の非行は親の責任や学校、社会の責任だと思っている。一番の責任は一緒にいる時間の長い親であると思っている。しかし、現状は彼らの非行に走るのをとめるでもなく、叱ることすらもしない親が多いということだ。親の愛を受けず育てば、学校で人との話し方もわからず、学校という小さな社会でうまくやっていけなければ、当然世の中でもうまくやっていけないことが多くなる。そのような負の連鎖の中、自分の居場所を求め、肯定感を欲したすえ犯罪を犯してしまう場合が多いことを知った。彼らは人とつながる幸せをわからないために薬による一時的な幸せを求める場合があることを知った。その中で、更地の感情を耕すために行われた詩の講義は、彼らの現状を理解するには十分であり、また彼らの本音を十二分に聞きだせるツールであった。

 

彼らの詩は拙かったり、ときに詩と呼べるのかすらわからないものもあるが全てが偽りではなく自分の中から出てきた言葉なのだとわかる。だからこそ、詩の一つ一つが自分の中にも似たような感情があることや、彼らの社会への不安などが手を取るようにわかる、気がする。

 

これを読むと、自分の感情は素直に出そうと思える。また、身近な人への感謝など普段は忘れがちなことをそれが当たり前じゃないことを気づかせてくれる。

71.よるのふくらみ 窪美澄 72.地方消滅 増田寛也

71.よるのふくらみ 窪美澄

 

窪美澄作品二作目。感情の仄暗い部分をストレートに登場人物に語らせる。社会の疎ましさと孤独の切なさ辛さを三人の人物によって語る。

 

とってもストレートな表現で物語は進み人は分かり合えないのか、と思う。しかし、人は1人で生きていくことはできないため、大事な部分を隠しながら日常生活に、波風立てまいとして生きている。一種のムラ社会のような場で生活をしていた主人公三人の社会の狭さに辟易しながらも救いを求める先はいつだってその社会であることに気づかせてくれる。

 

自分の生きる社会でも同じようなことは、ある。人と生きていくことへの面倒だと思う反面、離れがたさや孤独への恐怖を認識できる。「いい塩梅」がみつからない中で自分にとっての「いい塩梅」を見つけられるといいなと思った。

 

 

72.地方消滅 増田寛也

 

2015年の新書大賞。新書って感想書くのむずい。地方のこれから、人口減少を食い止めようとする諸地域のお話。

 

 

68.カラフル 森絵都 69.22年目の告白 浜口倫太郎 70.武士道セブンティーン 誉田哲也

68.カラフル 森絵都

森絵都作品二作目。みかづきが面白くて読んでみた。どっかでみたことあるなと思ったから学習教材としても使われているのだと思う。

児童文学の要素は強めな設定だったりするが、考えようと思えばいくらでも考えられる全年齢対象の本だと思う。

p187l4の この世があまりにもカラフルだから、僕らはいつも迷ってる。

私はこの部分がこの本の大きな部分を占めると思う。一面のみで人の性格は判断できない。当たり前のことだけれど、これに尽きる。様々な色を保有しながらどれが本当の自分なのだろうと葛藤を過ごす思春期の主人公を通して私に自分の色はたくさんあっていいのだと思わせてくれる。また、周りの人も様々な色があって一概にこの性格と決めることは偏見をもたらす危険なものだと認識できた。自己肯定や今生きてる世の中は面白いよ楽しいよって伝えてくれる本。悩んでる人に読んでもらいたい。

 

69.22年目の告白 私が殺人犯です 浜口倫太郎

藤原竜也が好きだから読んだ。2012年の韓国映画のリメイクだとアマゾンプライムの宣伝広告で知った。

現代社会を風刺しつつ、どんどん読める展開になっていた。脚本を小説化したため、字数も少なく、本を読み慣れていない人におすすめ。

「人気」であることがもたらす危うさを前面に押し出している。話もまとまっていてよかった。

 

70.武士道セブンティーン 誉田哲也

もったいないことに読んでからすぐ記録に残さなかったので、しっかりと覚えていない。

競技としての剣道と武道としての剣道の話がとても印象に残っている。高度競技化してしまうと、もとの剣道の趣旨と外れてしまう。しかし、スポーツとして規範がしっかりしているため、黙認、容認されてしまう。自分たちも何のためにスポーツやってるのかとかなんのために今していることをしてるのかとかしっかりと目標があればぶれずにできると思う。こと剣道においてはこの小説を見る限り、武道としての剣道がかっこいいと思うけど。

香織の父のような自分の中でぶれないもの(武士道)はもっているつもりだけど、彼のように身を呈すほど譲れないものなのかはわからない。

とりあえずエイティーンは主人公らの高校剣道の集大成なので、早く読みたいですね。

 

67.武士道シックスティーン 誉田哲也

67.武士道シックスティーン 誉田哲也

 

勧められて読んだけど、ハイテンポだし読みやすい。その中で考えることが沢山あった。

そしてこれがまだ武士道の序章であることが楽しみ、つづきが。

 

香織の師のように幼少期から師事している人がいるとその人を否定されたくない、その人が正しいって有無を言わせず信じてしまうところがあると思う。だからこそ、責任のある親以外は、例えば先生など、身近になる大人は担任という制度によってコロコロ変わっていくのだと思った。一つのことを信じ続けることは盲信に繋がるし、比較をして他を否定することにも繋がる。これって結構危ないことだと思う。日常生活に意外に潜んでいる。武術は部活にないことが多く、長くそのクラブに通うことが多くて、心の成長を促すものでもあるから、意外にこういう人いるのではないかと思う(というか友達にいた。大学時代の教授にそれは洗脳だよとスパッと言い切られた人が。)。

香織はよくそこから考え方を変えられたなと思う。本書冒頭の香織なんて見れたもんじゃないくらい癪に触るし。

考え方って変えたいと思ってもそうそう変わらないものだと思っているので、ちょっとつまづいてよく考えたら、考え方変わりました!っていうのはちょっと考えられないなと思った。

香織はなまじ結果を残していたぶん、勝つことに執着していることはわかるが、その根底にそれそのものが好き、という感覚なくしてよくやってこれたなって思う。ほとんどの人って好きが強いからやってない?って思ってしまう。

まあこれがこれから形成される武士道の序章と考えれば、ストーリーの進め方やスピード感も好きなので、とても気になるし早く読みたい。

 

早苗の勝ち負けがあまり好きではない、って気持ちはあまり共感できないんだけど、性格やらがただいいだけじゃなくていい性格してるなと思った。

自分はどちらかというと香織派で、勝ち負けを他者に求めて、何かを論じるときも優位性を主張しがちなんだけど、なんとか早苗の感じに持っていきたいとずーっと思っているんですよね。ただ譲らない時や、アルコールの入っている時とか、てんで駄目ですね。

ちょっと違うかもしれないけど孫子も他人が見えないところで結果を出すことがすごいことだ、みたいなことを言っている通り、勝ち負けを求める相手は自分である方が健全だと思うのですよね。ただそれは顕在化しないから、しっかりと今の自分を見れていないと不安になってしまったり迷子になってしまう。だから結果の明確な相手を設定して勝ち負けの手段として扱っているんだろうなと思いました。

 

とりあえず、セブンティーン、エイティーンが楽しみです。